霊峰白山を仰ぎ、自然に恵まれた 田園風景の中で刻んできた蝶屋の歴史は小松市の多太神社の伝承された木曽義仲の寄進状に「蝶屋の庄十三町」の記載によったものであり、この寄進状の文字が村名に採られたと思われる。
平安時代加賀における駅の設置については、「延喜式」兵部省式諸国傳馬条に登場しており、記事には都から北に向かって
朝倉、潮津、安宅、比楽、田上、深見、横山に五匹ずつ駅馬が置かれたと記されています。この様にこの地は古代から重要な地域でした。